「優秀な人材ほど辞める」 「採用してもすぐ抜け、人が育たない」
こうした悩みへの対策の中心が、リテンション(人材の維持)です。
リテンションとは、人材の流出を防ぎ、定着・活躍を促すことです。その実践がリテンションマネジメントです。成果を左右するのは、福利厚生の厚さではありません。「辞める理由を取り除く(守り)」と「働き続けたい理由を増やす(攻め)」を、自社の離職原因に合わせて両輪で回すことです。
本記事では、リテンションの意味と目的、攻め・守りの施策、優先度のつけ方、進め方の5ステップ、現場で繰り返される失敗パターンまでを、公的なデータをもとに具体化して解説します。
リテンションとは(意味・目的・注目される背景)
リテンションは、離職防止と混同されやすい言葉です。まず意味を確認し、目的と注目される背景を押さえましょう。
言葉の意味
リテンション(retention)は「維持・保持」を意味する英語です。人事領域では従業員に長く働き続けてもらい、力を発揮してもらう取り組み全般を指します。離職防止が「辞めさせない」に重心を置くのに対し、リテンションマネジメントは「辞めさせない」と「活躍してもらう」の両方を含む、より広い概念です。
目的は「離職率の低減」だけではない
リテンションの目的は離職率を下げることにとどまりません。整理すると次の3つの目的があります。
- 流出の防止:採用・育成にかけたコストと、本人が持つ知識・人脈の社外流出を防ぐ
- 採用・育成コストの抑制:辞める人が減れば、補充採用と再教育の負担が下がる
- 生産性・エンゲージメントの向上:定着した人材が経験を積み、組織の力として蓄積される
離職によって発生するコストは「早期離職・短期離職とは|企業の損失と原因・防ぐ対策」で具体的に解説しています。
注目される背景|採用難と若手の早期離職
リテンションが注目される背景には、構造的な人手不足があります。厚生労働省「令和7年雇用動向調査」によると、2025年(令和7年)の離職率は13.7%、入職率は14.7%で、入職が離職を1.0ポイント上回りました※1。
入職超過は続くものの、1年間におよそ7人に1人が離職しており、人材の確保は容易ではありません。だからこそ、入った人を「いかに維持するか」の重要性が増しています。
とくに若手の早期離職は深刻です。厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)」によると、就職後3年以内の離職率は大卒33.8%・高卒37.9%でした。事業所規模別に見ると、大卒で1,000人以上の事業所が27.0%なのに対し、5人未満は57.5%と、規模が小さいほど離職率が高い傾向が明確です※2。
中小企業ほど、採用した人材を定着させるリテンションの巧拙が経営を左右します。新卒の離職データは「新卒の3年以内離職率は3割超」で詳しく確認できます。
※1 出典:厚生労働省「令和7年雇用動向調査結果の概要」(2026年9月26日閲覧)
※2 出典:厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)」(2026年6月22日閲覧)
リテンションは「守り」と「攻め」の両輪
リテンションマネジメントは、性質の異なる2つの取り組みで構成されます。
| 区分 | ねらい | 主な施策 | 効果の出方 |
|---|---|---|---|
| 守りのリテンション | 辞める理由を取り除く | 上司との関係改善、労働時間の是正、評価の納得性向上 | 即効〜中期。離職を止める |
| 攻めのリテンション | 働き続けたい理由を増やす | キャリア機会の提示、成長支援、承認・称賛 | 中期〜長期。活躍を促す |
多くの企業がつまずくのは、原因(=辞める理由)が守り側にあるのに、いきなり攻めの施策(手当の追加、社内イベント等)から入る点です。まず守りで離職を止め、次に攻めで定着の質を高めることが、限られたコストで成果を出すための近道です。
なぜ人は辞めるのか|リテンションが効果を発揮する「原因」を押さえる
リテンションマネジメントは「離職原因への対策」です。離職の原因がわからないまま施策を打っても効果はありません。まず公的データで、人が辞める主な理由を確認しましょう。
離職の原因とは
厚生労働省「令和7年雇用動向調査」によると、転職入職者が前職を辞めた個人的理由(定年・契約満了等および「その他の個人的理由」等を除く上位)は次のとおりです※3。
| 辞めた理由 | 男性 | 女性 |
|---|---|---|
| 職場の人間関係が好ましくなかった | 8.9% | 11.5% |
| 労働時間・休日等の労働条件が悪かった | 8.5% | 12.9% |
| 給料等収入が少なかった | 9.9% | 8.6% |
※3 出典:厚生労働省「令和7年雇用動向調査結果の概要」(2026年9月26日閲覧)
読み取れるのは、女性では労働条件と人間関係が上位を占める一方、男性では給料等収入が(定年等を除くと)最も多いという男女差です。給与を上げれば定着するという単純な構図ではないものの、報酬への納得感も無視できません。人間関係・労働条件・報酬の納得感という複数の理由を取り除くことが、守りのリテンションの中心になります。
離職原因を構造から深く理解したい場合は「離職率が高い原因7つ」もあわせてご覧ください。
リテンション施策の全体像|原因と守り・攻めの対応
攻めと守りの施策を、原因・コスト・効果の出方・優先度でまとめました。自社の離職原因に当てはまるものから着手してください。
| # | 施策 | 区分 | 原因 | コスト | 効果の出方 | 優先度 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | サーベイ・1on1で原因を可視化 | 守り(前提) | 全般(原因特定) | 低〜中 | 即効〜中期 | ★★★ |
| 2 | 上司との関係改善(管理職研修) | 守り | 人間関係 | 中 | 中期 | ★★★ |
| 3 | 長時間労働の是正・休暇取得促進 | 守り | 労働条件 | 低〜中 | 即効〜中期 | ★★★ |
| 4 | 評価の納得性向上 | 守り | 将来不安・収入 | 中 | 中期 | ★★ |
| 5 | オンボーディング(受け入れ)整備 | 守り | 早期離職・関係 | 低〜中 | 中期 | ★★★ |
| 6 | キャリアパス・成長機会の提示 | 攻め | 将来不安・仕事内容 | 低〜中 | 中期〜長期 | ★★ |
| 7 | 承認・称賛(フィードバック)の仕組み | 攻め | 仕事内容・関係 | 低 | 中期 | ★★ |
| 8 | 柔軟な働き方の選択肢 | 攻め | 労働条件 | 中 | 中期 | ★★ |
| 9 | 適材適所の配置・社内公募 | 攻め | 能力発揮・仕事内容 | 低 | 中期 | ★★ |
| 10 | 報酬・福利厚生の見直し | 攻め | 収入 | 高 | 中期 | ★★ |
優先度★★★は「離職理由の上位(人間関係・労働条件)に直接効果を発揮し、低〜中コストで着手できる」施策です。
すべての前提:サーベイと1on1で原因を可視化する
原因の可視化は、守りにも攻めにも先立つ前提です。エンゲージメントサーベイやパルスサーベイで、部署別・要因別に不満を見える化しましょう。あわせて1on1で個別の悩みを聞き、定点観測で変化を追いましょう。
ここを飛ばすと、次にどの施策を選んでも見当違いになります。サーベイ・ツールの選び方は「離職防止ツールの選び方」で詳しく解説しています。
守りのリテンション|辞める理由を取り除く4施策
守りの施策は、不満の原因である衛生要因を取り除く取り組みです。離職理由の上位に直接働きかけるため、攻めより先に着手しましょう。
上司との関係改善(管理職研修)
上司との関係改善は、人間関係が理由の離職に直接働きかける施策です。離職は「会社を辞める」より「上司から離れる」形で起きやすいとされ、関係の質がそのまま定着を左右します。傾聴・フィードバック・1on1の技術を管理職に習得させ、部下が相談できる状態をつくりましょう。
長時間労働の是正・休暇取得促進
長時間労働の是正と休暇取得の促進は、労働条件への不満を取り除く施策です。残業の見える化、業務の棚卸し、有給取得の促進で負荷を下げます。労働条件は離職理由の上位にあるため、守りのなかでも即効性を期待できます。
評価の納得性向上
評価の納得性向上は、「何を頑張れば報われるか」を社員に見えるようにする施策です。評価基準を明示し、評価者が面談でその根拠を伝えましょう。将来への不安が下がるため、収入への不満も受け止められやすくなります。
オンボーディング(受け入れ)整備
オンボーディングの整備は、入社初期の離職を防ぐ施策です。早期離職の主因は初期のミスマッチと孤立にあるため、メンター制度や定期面談で受け入れを設計しましょう。若手の3年以内離職が3割を超える現状では、この時期の設計が定着を大きく左右します。
具体的な進め方は「オンボーディングで定着を高める|早期離職を防ぐ設計と進め方」で詳しく解説しています。
攻めのリテンション|働き続けたい理由を増やす5施策
攻めの施策は、満足や意欲の源である動機付け要因を増やす取り組みです。守りで離職が落ち着いてから着手すると、効果が高まります。
キャリアパス・成長機会の提示
キャリアパスと成長機会の提示は、「この会社で成長できる」実感を育てる施策です。等級・役割・育成ルートを言語化し、社内研修やストレッチ業務の付与で成長の場を用意します。効果が表れるのは中期から長期にかけてです。
承認・称賛(フィードバック)の仕組み
承認・称賛の仕組みは、金銭以外の動機づけをつくる施策です。成果や貢献を見える形で称え、日常的なポジティブフィードバックや表彰を仕組みにします。報酬を上げずに、仕事のやりがいと人間関係の両方に働きかけられます。
柔軟な働き方の選択肢
柔軟な働き方は、ライフイベントと仕事を両立できる状態をつくる施策です。リモートワーク・時短勤務・フレックスタイムなどの選択肢を整えます。労働条件は、守りでも扱う領域です。負荷を下げるのが守り、選択肢を増やして「長く働ける会社」にするのが攻めだと考えてください。
適材適所の配置・社内公募
適材適所の配置と社内公募は、「ここでなら力を発揮できる」実感を定着につなげる施策です。強みと業務のミスマッチを、面談や社内公募を通じて解消します。制度を新設せずに始められます。
報酬・福利厚生の見直し
報酬・福利厚生の見直しは、市場水準との乖離を是正する施策です。固定費が増えるため、守りの「評価の納得性向上」とセットで設計しましょう。
ただし、人間関係や労働条件の不満を、報酬や福利厚生で覆い隠すことはできません。効果を出すには、原因に合った施策から着手することが前提になります。
守りから攻めへ切り替える進め方(5ステップ)
守りの施策から攻めの施策へ切り替える際は、次の5つのステップを守ってください。
- 現状把握:自社の離職率を算出し、業界・規模の水準と比べ、誰が・どの層で・なぜ辞めているかまで分解する(計算方法は「離職率の計算方法とは|計算式・平均値を厚労省データで解説」)
- 原因特定:サーベイ・1on1・退職者ヒアリングで、自社の離職原因を1〜2件に絞る
- 施策の選択:上位原因に効果がある優先度の高い守りの施策から1〜2件に絞って着手する
- 実行と測定:3〜6カ月を目安に、複数の指標を組み合わせて効果を測る
- 改善と攻めへの展開:離職が落ち着いたら攻めの施策(キャリア・成長・承認)へ広げ、定着の質を高める
効果を測る指標
ステップ4「実行と測定」では、離職率だけでなく複数の指標を組み合わせて確認しましょう。目安は次のとおりです。
- 離職率:施策開始前後で比較する
- 定着率:新規入社者・全体それぞれで追う
- サーベイスコア:エンゲージメント・満足度の推移を見る
- 有給取得率:労働条件の改善が進んでいるかを見る
- 1on1実施率:守りの施策(上司との関係改善)が実行されているかを見る
単一の指標だけで判断すると、離職率が下がった理由を取り違えることがあります。複数の指標を3〜6カ月単位で継続的に確認しましょう。
ポイントは「自社の原因に合った施策を、守りから小さく回す」ことです。守りと攻めを同時に大量投下すると、コストばかりかさみ、何が効果を発揮したのかわからなくなります。
施策の選択肢を広く知りたい場合は「離職防止の施策15選」が参考になります。
リテンションマネジメントでよくある失敗パターン
ここでは、リテンションマネジメントでよくある失敗のパターンを紹介します。失敗の多くは「原因と施策のずれ」と「やりっぱなし」に集約されます。原因特定と測定をセットにすることが、遠回りに見えて最短の道です。
- 原因を見ずに「攻め」から入ると、人間関係や労働条件が原因の離職は止まらず、コストだけが残る
- サーベイを取って放置すると、「答えても変わらない」と不信を招き、逆効果になる
- 1on1が業務報告会になると、本人の悩みやキャリアの話が出ず、関係改善につながらない
- 一部の人材への特別待遇は周囲の不公平感を生み、別の離職を招くことがあるため、仕組みで底上げする視点が必要になる
- 欠勤の増加や発言の減少といったサインを見逃すと、対話の機会を逃し、引き留められる段階を過ぎてしまう
兆候の見極め方と上司がとるべき対応は「退職の兆候・サイン11選」で具体的に解説しています。
リテンションに関するよくある質問(FAQ)
ここでは、リテンションマネジメントについてのよくある質問に回答します。
A. 人材の流出を防ぎ、定着・活躍を促すことです。その実践がリテンションマネジメントで、「辞める理由を取り除く(守り)」と「働き続けたい理由を増やす(攻め)」の両面で構成されます。離職防止より広く、活躍の促進まで含みます。
A. 離職防止は「辞めさせない」ことに重心があります。リテンションマネジメントはそれに加え、成長機会や承認を通じて「働き続けたい・活躍したい」と思える状態をつくる攻めの側面も含みます。実務では重なる部分が多く、まず離職防止(守り)から着手するのが定石です。
A. 施策を増やす前に、離職の原因を特定することです。サーベイ・1on1・退職者ヒアリングで自社の上位原因を1〜2個に絞り、そこに効果がある守りの施策から小さく始めると、無駄なコストを避けられます。
A. あります。1on1の定着、休暇取得の促進、退職者ヒアリング、承認・称賛の仕組み、適材適所の配置などは低コストで着手できます。離職理由の上位は人間関係・労働条件です。そのため、低コスト施策でも効果が期待できます。
A. それだけでは不十分なことが多いです。厚生労働省の調査では、女性は人間関係や労働条件が上位で、男性は収入も最上位級の理由です。給与を上げれば定着するという単純な構図ではないものの、報酬の納得感は無視できません。一方で報酬・福利厚生はコストが高く、人間関係や労働条件の不満を覆い隠すことはできません。原因に合っているかを必ず確認します。
A. 離職率だけでなく、定着率、サーベイのスコア、有給取得率、1on1の実施率など複数の指標を組み合わせます。3〜6カ月の期間で測り、効果があった施策を広げ、効果がない施策は原因の再点検に戻します。
まとめ:守りで止め、攻めで伸ばす
リテンションマネジメントは、人材の流出を防ぎ、定着・活躍を促す取り組みです。成果を出すための要点は次のとおりです。
- まず守りのリテンションで辞める理由(人間関係・労働条件)を取り除き、低〜中コストで離職理由の上位に直接働きかける
- 次に攻めのリテンションで、働き続けたい理由(成長機会・承認・柔軟な働き方)を増やす
- いずれの前提も自社の離職原因の可視化にあり、サーベイ・1on1・退職者ヒアリングで原因を絞ってから施策を選ぶ
自社の離職原因がどこにあるか可視化し、原因に最も効果を発揮する施策から着手してみましょう。




