人事評価制度の事例を探すときは、「他社が何をしたか」よりも「自社で何を真似できるか」を読み取るほうが効果的です。
有名企業のユニークな制度をそのまま導入しても、ほとんどの場合うまくいきません。制度の「形」ではなく「なぜそうしたか」という設計思想を抜き出し、自社の規模・文化に合わせて作り替えましょう。
この記事は、メルカリやサイボウズなどの人事評価制度の事例を各社の公式発表をもとに紹介し、その狙いと自社への落とし込み方をセットで解説します。
事例は「真似る」のではなく「狙いを抜き出す」
人事評価制度の事例は、参考にする順序を間違えると逆効果になります。
事例を読む前に押さえる3点
先に押さえるべきは、次の3点です。
- その制度が解決しようとした「課題」は何か:自社と課題が違えば、同じ施策は効果を発揮しない
- 制度の背後にある「設計思想」は何か:表面の仕組みより、判断の軸を抜き出す
- 自社の規模・文化で「再現できる部分」はどこか:人員や工数の前提が違えば、形を変える
たとえば「ピアボーナス(社員同士が少額の報酬を贈り合う仕組み)を入れたい」と考えても、その狙いが「拠点をまたいだ感謝の可視化」であれば、ツールを入れずにサンクスカードから始める選択もあります。事例の形だけを切り取ると、形骸化につながる危険性があります。
事例は課題別の4タイプに分かれる
事例は「成果重視型」「行動・価値観重視型」「ノーレイティング型」「市場性・納得性重視型」の4タイプに分けることが可能です。自社の課題に近いタイプから読み進めてください。
| タイプ | 解決しようとした課題 | 代表的な仕組み | 向いている企業 |
|---|---|---|---|
| 成果重視型 | 成果と処遇が結びつかない | 目標管理(MBO・OKR)と報酬の連動 | 成果を測りやすい職種が多い企業 |
| 行動・価値観重視型 | 成果主義の行きすぎ・協働の軽視 | バリュー評価・ピアボーナス | 文化や行動指針を重視する企業 |
| ノーレイティング型 | 年1回評価の形骸化・対話不足 | ランク付け廃止・継続的な1on1 | 上司と部下の対話量を増やしたい企業 |
| 市場性・納得性重視型 | 一律基準への不公平感 | 市場価値・本人申告を反映 | 多様な働き方・職種を抱える企業 |
1. 成果と行動を分けて評価する事例(メルカリ)
メルカリの人事評価制度は、成果評価とバリュー(行動指針)の評価を明確に分けている点が特徴です。「成果は出したが、やり方が会社の価値観に反する」状態を評価上で防ぐ設計になっています。
評価の仕組み
メルカリは「グレード(等級)」を軸に、各等級で期待する貢献を定義しています。そのうえで、評価を次の2つの観点に分けています。
- 成果評価:所属するグレードで期待される成果を達成したか
- 行動評価:会社が定めるバリューを発揮し、実践したか
成果評価はボーナスに反映され、成果と行動の両方が評価されると昇給につながります。評価の調整は、経営陣とマネージャーが議論する「キャリブレーション(評価のすり合わせ会議)」でおこなっています。メルカリはこの場でメンバーの納得度を重視しています※1。
※1 出典:mercan(メルカリ公式オウンドメディア)「メンバーの活躍を”大胆に”報いる、大幅アップデートされたメルカリ人事評価制度の内容と意図」(2026年6月15日閲覧)
自社への落とし込み
30〜300名規模の企業はそのまま二層構造を導入する必要はありません。成果だけで評価すると協働や育成が軽視されやすい、という設計思想を抜き出しましょう。
評価項目を「成果」と「行動」の2系統に分けるだけでも、成果主義の偏りは抑えられます。行動評価の作り方は、評価項目の設計とあわせて検討すると進めやすくなります。
2. 感謝を可視化するピアボーナスの事例(メルカリ mertip)
メルカリは、評価制度とは別に「mertip(メルチップ)」というピアボーナスを運用しています。mertipは、社員同士がリアルタイムに感謝・称賛を伝え合い、少額の報酬を贈り合える仕組みです。
仕組みと狙い
mertipは、四半期ごとの感謝カード制度を補うために導入されました。より気軽に、リアルタイムで感謝を伝えられるよう、ピアボーナスツール「Unipos」を活用しています。投稿はチャットツールやWebからおこなえるため、拠点をまたいだコミュニケーションの活発化も狙っていたようです。
導入から1カ月時点の満足度は約87%で、「他部署との調整のハードルが下がった」「相互に仕事を見ている感覚が高まった」といった声も上がっています※2。
※2 出典:mercan(メルカリ公式オウンドメディア)「贈りあえるピアボーナス(成果給)制度『mertip(メルチップ)』を導入しました。」(2026年6月15日閲覧)
自社への落とし込み
ピアボーナスは専用ツールが必要なため、いきなり導入すると運用負荷とコストがかかります。狙いが「感謝の可視化」であれば、まずは無料のサンクスカードやチャットの専用チャンネルから始めましょう。
評価本体とは切り離し、日常の行動を後押しする仕組みとして位置づけると、評価の公平性を損なわずに運用できます。
3. 「評価のための評価」をやめる事例(freee)
freeeの評価制度は、評価を「人が育つための手段」として位置づけている点が特徴です。評価の目的そのものを問い直した事例として参考になります。
制度の考え方
freeeは、自社の評価を「マジ価値(ユーザーにとって本当に価値があること)を届けきる」というミッションの実現に向けた成長指標として活用しています。社員一人ひとりの成長を測る指標には「インパクトマイルストーン」という考え方を用います。これは等級とは異なる概念です。
freeeは人事評価システムの提供企業でもあります。同社は、多くの企業が「評価の不透明性」「従業員の不満」「運用負担の増大」という課題から、形だけの「評価のための評価」に陥っていると指摘しています※3。
※3 出典:フリー株式会社「人事労務と従業員情報を一元管理できる人事評価システム『freee人事評価』の提供を開始」(2026年6月15日閲覧)/フリー株式会社 公式note「社員1人ひとりの成長を測る指標”インパクトマイルストーン”とは?」(2026年6月15日閲覧)
自社への落とし込み
独自の指標名をそのまま真似る必要はありません。「評価を入れること自体が目的化していないか」を自社に当てはめて確認しましょう。
評価制度を作る・作り直すときは、最初に「この評価で社員の何を育てたいのか」を一文で言語化しましょう。これによって項目が膨らみすぎる失敗を防げます。
4. 年1回評価をやめたノーレイティングの事例(アドビ)
アドビは年1回のランク付け評価を廃止し、「Check-in(チェックイン)」と呼ばれる継続的な対話型の運用に切り替えました。ノーレイティング(ランク付けをしない評価)の代表例です。
制度の概要
アドビは2012年に、従来の年次評価に代わる仕組みとして「Check-in」を導入しました。年に一度まとめて評価するのではなく、上司と部下が年間を通じて対話を続けるという仕組みです。対話で扱う内容は次の3つです。
- 期待値の設定(Expectations):その期に何を期待するかを上司と部下ですり合わせる
- フィードバック(Feedback):できていること・改善点をその都度伝える
- コーチング(Coaching):次に伸ばす力と、そのための行動を一緒に決める
導入の背景には、従来のランク付けを伴う評価が社員間の競争やストレスを強め、退職にもつながりやすいという課題意識があります。評価作業そのものに時間がかかり、手続きが煩雑になっていた点も課題でした。
導入後、アドビは年次レビューにかかるマネージャーの工数を約8万時間削減したとしており、自発的な離職も減少傾向にあると公表しています※4。
※4 出典:Adobe Blog「Lessons Learned with Check-in」(2026年8月3日閲覧)/Adobe Blog「How we inspire great performance at Adobe」(2026年8月3日閲覧)
自社への落とし込み
ノーレイティングは「ランクをつけない」点が注目されがちです。しかし成果を左右する要素は、対話の頻度にあります。ランク付けを残したまま、まず1on1(上司と部下の定期面談)の頻度を上げるだけでも、年1回評価の形骸化は緩和できます。
5. 給与に市場性と多様性を反映する事例(サイボウズ)
サイボウズの制度は、全員に一律の基準を当てはめず、個人ごとに「業務内容・働き方・給与」をすり合わせて決める点が特徴です。多様な働き方を前提にした制度として参考になります。
制度の考え方
サイボウズは、業務内容・働き方・給与の3要素を、チームと個人の対話を通じて決める「条件マッチング」の考え方を示しています。同社は「一律の基準を全員に当てはめない」という方針を掲げ、個人の多様性を前提に個別の対話で条件を決めています。
給与に関しては、転職市場での相場を指す「社外的価値」と、社内での需要を指す「社内的価値」の2軸から検討しています※5。
※5 出典:サイボウズ「人事ポリシー」(2026年6月15日閲覧)/サイボウズ式「サイボウズの給料は『あなたが転職したらいくら?』で決めています」(2026年7月3日閲覧)
自社への落とし込み
完全な個別最適は人事の工数が大きく増えるため、中小企業では運用しきれない場合があります。ここでは「市場価値や本人の希望を、評価・処遇の判断材料に加える」という発想が参考になります。
たとえば等級ごとの給与レンジに幅を持たせ、職種ごとの採用相場を昇給判断の参考にするだけでも、優秀な人材の流出を防ぎやすくなります。
6〜10. 中堅・成長企業に学ぶ運用の工夫
6〜10番目は、成長企業に広く見られる運用の工夫をタイプ別にまとめたものです。
| 事例タイプ | 工夫の内容 | 解決しようとした課題 |
|---|---|---|
| 6. OKR導入型 | 四半期ごとに挑戦的な目標を設定し、進捗を頻繁に確認 | 目標と評価が年単位でずれる |
| 7. バリュー評価併用型 | 業績評価に行動指針の評価を組み合わせる | 成果主義の行きすぎ |
| 8. 1on1強化型 | 評価面談とは別に毎週・隔週で短い面談を実施 | 期末まで対話がない |
| 9. キャリブレーション型 | 評価者同士で基準をすり合わせる会議を設置 | 評価者ごとの甘辛のばらつき |
| 10. 自己申告併用型 | 目標・実績・希望を本人が申告し対話で確定 | 一方的な評価への不満 |
これらに共通するのは、「評価の頻度を上げる」「評価の基準をそろえる」「本人の納得を重視する」という3つの方向性です。OKRやMBOの選び方には、それぞれ固有の判断軸があります。
事例を支えるデータ:制度はあっても不満は残る
人事評価をめぐる現状は、調査データに表れています。企業が抱える課題は、制度の有無ではなく納得性にあります。
制度があっても半数近くが不満を抱えている
スマートキャンプ株式会社は2025年9月、「人事評価に関する調査」を実施しました※6。対象は従業員2,655人・役職者967人・人事評価システム導入担当者708人の合計3,622人です。この調査では、従業員の54.3%、管理職の43.6%が、自社の人事評価制度に「不満がある」と回答しています。
不満の理由は、従業員・管理職とも「評価基準があいまいでわかりにくい」が最多でした(従業員2,655人中765人・28.8%)。次に多かったのが「評価結果に納得感がない」です(652人・24.6%)。ユニークな制度を足すより、基準の明確化が先になります。
※6 出典:スマートキャンプ株式会社調べ「人事評価に関する調査」2025年9月5日〜19日実施・n=3,622(2026年7月3日閲覧)
国の助成金は制度改定の追い風にならない
厚生労働省の「人材確保等支援助成金(人事評価改善等助成コース)」は、生産性向上に資する人事評価制度を整備する事業主を支援する制度でした。ただし同コースは2025年3月31日で廃止されています。助成金の活用を前提に制度改定を計画すると、資金面の見込みが崩れる可能性があります。
人事・労務の制度整備で助成金を検討する場合は、「雇用管理制度・雇用環境整備助成コース」など現行コースの支給要件を厚生労働省で確認してください※7。
※7 出典:厚生労働省「人材確保等支援助成金(人事評価改善等助成コース)」(2026年6月15日閲覧)/厚生労働省「人材確保等支援助成金(雇用管理制度・雇用環境整備助成コース)」(2026年7月3日閲覧)
事例を自社に落とし込む4ステップ
事例を参考に制度を作る・作り直すときは、次の順序で進めると失敗しにくくなります。
- 自社の課題を絞り込む:成果連動なのか、ばらつきなのか、対話不足なのかを特定する
- 同じ課題を解決した事例の「狙い」を抜き出す:仕組みの形ではなく設計思想をメモする
- 自社の規模・工数で再現できる最小の形に変換する:ツールや専任工数を前提にしない
- 小さく試して運用しながら直す:一部署・一職種で先行導入し、半期で見直す
ステップ1で課題を1つに絞る点がとくに重要です。複数の事例のよいところを同時に詰め込むと、項目が増えて評価者の負担が膨らみ、形骸化の原因になります。
ステップ3の「最小の形」への変換は、目標管理シートに落とすと進めやすくなります。下記の目標管理シートを土台にすると、事例の狙いを自社の目標項目へ反映しやすくなります。
事例を真似るときによくある失敗と改善策
事例導入でつまずく企業には、共通のパターンがあります。導入前に確認しておくと失敗を回避しやすくなるでしょう。
| よくある失敗 | 何が起きるか | 改善策 |
|---|---|---|
| 有名企業の仕組みを丸ごとコピーする | 自社の規模・文化に合わず形骸化 | 課題と設計思想だけを抜き出し、形は作り替える |
| 評価項目を盛り込みすぎる | 評価者の負担増で記入が雑になる | 課題を1つに絞り、項目を最小限にする |
| ツール導入が目的化する | コストだけかかり運用が定着しない | まず無料の運用で狙いを検証してから導入 |
| 報酬への反映を後回しにする | 「評価しても何も変わらない」と不信感 | 評価結果と昇給・賞与のつながりを先に設計 |
| 一度作って見直さない | 環境変化で基準が陳腐化する | 半期〜1年ごとに運用を振り返り改定する |
1つ目の「丸ごとコピー」がとくに多く見られます。事例は完成形に見えますが、その企業も試行錯誤の途中である場合が少なくありません。自社にとっての「最小の形」に変換すると、制度は定着しやすくなります。
人事評価制度の事例に関するよくある質問(FAQ)
ここでは、人事評価制度の事例についてのよくある質問に回答します。
A. 制度の仕組みをそのまま持ち込むのは避けましょう。有名企業の制度は、その企業の規模・文化・課題に合わせて作り込まれています。参考にする対象は仕組みの形ではなく「どんな課題を、どんな思想で解決したか」です。自社の規模で再現できる最小の形に変換してください。
A. 制度のユニークさと納得感は別物です。スマートキャンプ株式会社の3,622人調査(2025年)では、不満理由の最多が「評価基準があいまいでわかりにくい」でした※8。珍しい仕組みを足すより、評価基準をわかりやすくし、結果を本人に説明するほうが、納得感は上がりやすくなります。
A. 導入自体は可能ですが、いずれも運用負荷や報酬説明の難しさが伴います。ピアボーナスはツール費用がかかるため、まずは無料のサンクスカードで狙いを検証しましょう。ノーレイティングは昇給根拠を説明する設計が必要で、ハードルは高めです。
A. 手をつける順番は、自社の課題の絞り込みが先です。「成果連動が弱い」「評価者でばらつく」「対話が足りない」など、最も困っている点を1つ特定すると、参考にすべき事例のタイプが決まります。複数の事例を同時に詰め込むと、項目過多で形骸化しやすくなります。
A. ゼロから作るより、職種別のサンプルがあるテンプレートを土台にすることをおすすめします。自社の等級や職種に合わせて項目を調整しましょう。
※8 出典:スマートキャンプ株式会社調べ「人事評価に関する調査」2025年9月5日〜19日実施・n=3,622(2026年7月3日閲覧)
まとめ:事例は「設計思想」を抜き出し、最小の形に変換する
他社の制度をそのまま持ち込んで成功した企業はほとんどありません。どの企業も、自社の課題に合わせて形を作り替えたうえで運用しています。まずはいま最も困っている課題を1つ選び、一部署・一職種で半期だけ試す範囲を決めてしまいましょう。小さく始めた制度のほうが、社員の反応を見ながら直せるぶん長く続きます。


